昨日の雨などなかったかのように、綺麗に晴れた、気持ちの良い爽やかな朝を迎えたコール達は、三人で朝食を食べていた。
(昨日はクリアーに、変なとこ見せちゃったな……)
コールはクリアーの様子を、食事をしながら見ていたが、特にいつもと変わりはなさそうだった。
「美味しいね!」
クリアーはフィックスに笑顔で話しかけた。
「俺が作ったからな」
「うん!」
(フィックスさんに何かあった時も、クリアーって……昨日みたいに抱きしめて慰めたりしてるのかな……ていうか、オレも抱きしめ返そうとしてしまった……)
クリアーは、食事の手が止まっているコールに気づいた。
「どうしたのコール?」
「いや! なんでも!」
「?」
コールは食事を再開し、当たり障りのない会話をして、朝食を終えた。
食後、クリアーは自分の部屋に戻り、コールはフィックスと二人きりになった。
「フィックスさん」
「んー?」
服などの整理をしながら、フィックスは軽く返事をした。
「フィックスさんって、恋人以外の女性を抱きしめた事ありますか?」
「な、何急に?」
妙な質問をするコールを、フィックスは見つめた。
「あ、そういうの、あるのかなーって」
「……クリアーと、なんかあった?」
「え!? いえ! 別に!」
(怪しいな……)
「恋人以外の女性……んー、カレンが落ち込んでる時に、幼い時は抱きしめて慰めてた事はあるけど、大人になってからは、ないかなー」
「そうなんですか」
「おう。コールはあんの?」
「いや! ないです! ないです!」
(なんでそんな動揺してんだ?)
「大人になってから異性抱きしめるとかすると……なんか変な意味になる事あんじゃん」
「そう……ですね……」
コールは少し俯いて、昨日のクリアーとの事を思い出していた。
「気にしない奴は気にしないから、する奴もいるけど」
「…………相手に恋愛感情がないから……できるんでしょうか?」
「んー……わざと意識させる為にやる奴もいるし、単純に俺のこどもの頃みたいに、善意で抱きしめて慰めようって考える奴もいると思うけど」
「はい」
「クリアーはどうだろうなあ」
「そうですね……って! わかってたんですか!?」
コールは気づかれている事にビックリし、大声を出した。
(カマかけたら成功した……でも……抱きしめるとかはさすがにねえだろ……そういう雰囲気になった……とかか?)
「いや、様子変だから……そうなのかなー……って」
「う……オレが昨晩、少し元気なかったから、慰めてくれて……その……」
視線を外し、恥ずかしそうにしているコールを見たフィックスは、目を見開き、その姿を、驚きながら凝視した。
「抱きしめ……られた??」
「は……はい」
(うわぁ……クリアーめちゃくちゃ積極的じゃねえ? 計算高い女じゃねえから、単純に力になりたいとか思った結果だろうけど、抱きしめるとか……マジか)
フィックスは動揺し、手に持っていた服を落としたが、それを拾いながら話を続けた。
「……コールはどう思った?」
「え!? オレは…………嬉しかったです」
「え!」
フィックスはせっかく拾い上げた服を、再び落としてしまった。
「真っすぐに、包むように優しくしてくれて……嬉しかった……です」
「あー……」
(辛い人生過ごしてるしなぁ……)
フィックスはコールを見つめ、一番気になっていた質問をした。
「クリアーの事……好きになった?」
「いや! そういうんじゃないです!」
両手を前に出し、体を使って、コールは否定した。
「そっか……てか、コール最初、男が女を抱きしめた事あるかみたいな質問だったよな?」
「!!」
「まさか……お前も抱きしめた……のか?」
若干青ざめているフィックスに対し、コールはさらに赤くなった。
「いや! してません!!」
(嬉しくて返しそうになったけど)
「そっか……なら良いけど」
「……やっぱりしないほうが良い……んですよね……抱きしめる……とか……」
「いや、コールがクリアーを好きなら…………良い……んじゃ……ねえ……かなー……」
フィックスは少し嫌そうな顔をして、目をそらして答えた。
(なんだか歯切れの悪い言い方……フィックスさん、クリアーの保護者だし、まだ日の浅い関係の相手と、距離が縮まり過ぎると心配だろうしな……オレは嬉しかったけど、距離感は気を付けよう)
コールはフィックスを真っすぐ見つめながら、続けた。
「そういうのじゃないので、今後は気を付けます」
「そっか……」
(コールのほうは、クリアーに恋愛感情はねえけど、気にはなるって感じか……)
フィックスは顎をさすりながら、床を見つめた。
「オレちょっと散歩してきますね」
「おう、いってらっしゃい」
「いってきます」
コールが部屋から出たので、その間に、フィックスはクリアーの様子を見に行くことにした。
クリアーの部屋は、コール達の部屋の隣だが、そのドアの前で顔をしかめて、フィックスは佇んでいた。
気持ちを落ち着かせる為に、ゆっくりと、一度深呼吸をしてから、ドアを軽くノックした。
「クリアー、俺」
その声を聞いて、すぐにクリアーがドアを開けて出てきた。
「フィックス、どうしたの?」
「……」
「ん?」
クリアーは首を傾げて、無言のフィックスを見つめている。
「……ちょっと入って良い?」
「うん」
フィックスを部屋に入れ、クリアーはドアを閉めた。
「何?」
「……なんかさー」
「うん」
「ちょっと落ち込む事あってさー」
「うん?」
「気が少し落ちてんだけどさー」
「??」
「……」
「何があったの?」
「いや……別に……」
「え?」
「……」
フィックスのおかしな言動に、またクリアーは首を傾げた。
「教えてくれなきゃ、ボク何も言えないよ……」
「そうだな……」
頭をかきながら、近くにある椅子に、フィックスは座った。
「えっと……」
「うん」
(いや……別になんもねえけど、落ち込んだ奴抱きしめるのかどうか気になった。とか……言えねえし……)
「ん……」
「……」
クリアーは、言葉に詰まっているフィックスに近寄った。
「フィックス」
「え?」
手を伸ばし、フィックスの頭を、クリアーは撫でた。
「え!?」
クリアーに突然撫でられた事で、フィックスは少し赤面した。
「落ち込んでるんでしょ?」
「だからってなんで頭??」
「え? フィックス、ボクにするじゃない」
「するけど……するけどさあ……同じの返さなくても……」
フィックスはあからさまに残念そうな顔をした。
「じゃあどうしてほしいの?」
「どうしてって……」
(さすがに……抱きしめられるのはなんかあれだし……)
「……手」
「手?」
フィックスは、片手をゆっくりと差し出した。
「……」
その差し出している手のひらの上に、クリアーは引っかけるように、指を置いた。
「お前……犬じゃねえんだから……」
「えへへ!」
フィックスは再び、あらかさまにがっかりした。
「色気ねえなあー」
「何言ってるの??」
手の上に置かれたクリアーの指を軽く握り、フィックスは続けた。
「いや……手……思ったより小さいんだな、お前」
「だって女だもん。まだボクの事、男性だと思ってるの? フィックスは手、大きいね」
「いや……もう男だとは思ってねえけどさ……そっか……俺の手……大きいか…………俺……男だからな……」
そう言いながら、クリアーの手を、しっかりと握った。
「変なの」
「変って……」
「いや、男とか女がじゃなくて、フィックスに手握られてるのが」
「……そうだな」
「初めて会った日に告白してきた時も、握ってきたよね……」
「くっ……それは昔の事だし置いといて……お前さ、人に触られるのも触るのも、結構平気?」
「うん!」
「だろうな……」
(コールを抱きしめて慰めたのは……軽い気持ちで……触るのも触られるのも平気だからだったのか……それとも……相手がコールだったから……なのか…………どっちだよ……)
クリアーの手を握ったまま、目を見つめながら、フィックスはさらに続けた。
「俺も平気……けどさ……」
「?」
自分に引き寄せるように、フィックスはクリアーの手を急に強く引っ張った。
「わ!」
引っ張られた事で、フィックスの胸に引き寄せられ、クリアーは抱きしめられるような体勢になった。
「何! 急に引っ張ったら危ないよ!?」
そのまま、フィックスはクリアーを強く抱きしめた。
「……こういうイタズラされる事もあるから、気を付けろって事」
「フィックス!」
「…………」
なかなか腕を緩めてくれないフィックスに我慢の限界になり、クリアーは両手で強く、相手の体を押して離れた。
「もう! こどもじゃないんだから! こんな事するのフィックスくらいだよ!」
「どうだかなあ」
離れた距離を戻そうと、フィックスはクリアーにまた近づく。
「もー! 遊ばないでよ! キリないじゃない! それにそろそろ買い出し行こうよ、準備してきて!」
クリアーは、されたイタズラに怒っているようで、むっとした顔で、ドアを指さした。
「……わかった」
小さくため息をつき、クリアーから離れ、フィックスはドアの方へ向かった。
「あ!」
クリアーが突然大きな声を出したので、フィックスは振り返った。
「え?」
「さっきの落ち込んだって話、大丈夫なの??」
「……」
(変なイタズラしたのに、まだ俺の心配してくれんのかよ……このお人好しめ……)
フィックスはとても嬉しそうに、笑顔でクリアーに言葉を返した。
「ばーか! 嘘だよ」
「!! フィックス! 心配したのに!」
「わりわり! 菓子買ってやるから許してくれ」
「え? お菓子? ……良いよ」
お菓子を買ってもらえると聞いて、目をそらし、少し照れながら喜んでいるクリアーを見て、フィックスは笑いを抑えられなくなった。
「ははは! ガキ!」
「もう!! こどもはフィックスじゃない!」
「そうかもな……じゃ、準備してくるな」
「うん」
部屋を出てドアにもたれ、フィックスは、まだ相手の温もりの残っている自分の手を見つめた。
(抱きしめても照れもしねえ……てか何俺……構ってもらえなくて……拗ねたこどもかよ……恥ずかし!! 確かに、こどもは俺だな……)
クリアーへの気持ちはまだまだハッキリとはわからないが、コールが現れた事で、フィックスの気持ちに、確実に変化が現れてきていた。
そしてコールとクリアーにも、少しずつ、気持ちの変化が訪れていた。