コールが『白の村』に来る五年前……その日カレンは、眩しい日差しの中、薬草を取りに『白の村』の周辺にある森を歩いていた。
「良い天気ー♪ 頑張って集めるわよー!」
しばらく歩くとその途中で、草の上に横たわっている人の姿を発見した。
「あら、人が……お昼寝? でも、服がボロボロね…………まさか!?」
カレンは相手の様子を確認する為に、恐る恐る近づき、耳を澄ますと、その人物からは小さな寝息が聞こえてきた。
「生きてた……見たことない子だから、行き倒れかしら?」
きめ細かな白い肌に、胸まで伸びたサラサラの髪、寝ていても、とても美しい人物だとわかった。
「す、すごく綺麗……全体的に透明感がすごい! でも……お……男の子? 女の子??」
カレンは相手の胸元を見て、膨らみがあるのを確認した。
「ああ! 女の子ね!」
とても簡単に性別を判断したカレンは、そっと相手に近づき、声をかけた。
「ねえ、大丈夫?」
カレンの声に目を覚まし、相手はゆっくりと起き上がった。長くて多いまつ毛に、くっきりとした二重、潤んだような大きな青い瞳で、こちらを見ている。
(まああ! 本当に綺麗な子! 天使?)
「お名前は?」
質問に対して、相手は少し驚いたような表情をしたあと、静かに俯いた。
「……? 名前は……わからない……」
「え? どこの人?」
「……わから……ない」
「記憶喪失!?」
相手は不安そうな顔で、地面を見つめている。
(そうよね……目が覚めて記憶がなくて森の中って、不安になるわよね)
「ねえ、私の家すぐそこなんだけど、ここ少し寒いし、家で温かい飲み物でも一緒に飲まない?」
優しく話しかけられた相手は、顔を上げ、カレンを見た。
「……」
そして、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ行きましょう!」
立ち上がろうとした時、相手は持っていたネックレスを落とした。
そのネックレスは、真ん中に赤い宝石のついた物で、他の部分は歪んだり、欠けたりして壊れていた。
「それ綺麗ね! 大事な物?」
「……わからない」
「本当に何も覚えてないのね……大事な物みたいだから、持って行きましょう」
カレンは壊れたネックレスを拾い上げて、大事に持って帰った。
村のカレンの家に着くと、服が汚れたり破れたりしていたので、カレンの服を貸し、着替えてもらった。まだ少し寒そうにしている相手に、薄い毛布を渡し、温かなお茶を出した。
「私の服だから小さくてごめんね。でも何も覚えてないんじゃ困るわよね……あ! もしこの村に来る予定だったなら、誰かあなたのこと知ってる人がいるかも! 私ちょっとみんなに聞いてくるわね! 戻ってくるまでゆっくりしてて」
そう言うと、カレンは家から出て行ってしまった。
一人残された美しい女性は、辺りを少し見回して、不安なのかホッとしたのか、小さなため息をつく。その時、ドアから大きなノックの音がした。
「カレンー、開けるぞー、この書類なー」
急にドアが開き、長身の銀髪の男が、手に持っている書類を見ながら入ってきた。 肩まで雑に伸ばしたバサバサの髪と逞しい肉体、大きな声のせいで、とても荒々しい人物に見えた。
「これ、ここの記入が……」
カレンだと思って話しかけてくる男は、さらに数歩近づいた後、やっと書類から視線を移動させ、室内にいる美しい女性を見た。
「!?」
その男は美しい女性を見て固まり、持っていた書類を、床にばらまいた。
(?? 誰??)
「な、な! カレンの知り合いか!?」
(……さっき知り合ったから……知り合い……)
美しい女性はゆっくりと頷いた。それを見た男は速足でこちらに近づき、目を輝かせて、とても嬉しそうな顔をしている。
「!?」
「俺はフィックス! 年齢は二十二! 身長は百八十二! 護衛をしてて収入は結構ある! 今、恋人はいねえ!!」
すごい勢いで迫ってくる男に、美しい女性は唖然とした。
「あんたは? 名前は?」
(名前……)
「恋人は!?」
(記憶ない……)
どうして良いかわからず、顔を赤らめ、モジモジした。
(すげえシャイじゃん! 可愛い!!)
「いねえなら俺と付き合わねえ!?」
フィックスは手を握り迫った。
(何この人、付き合いたいって……私はこんな勢いでくる人……ヤダ!!)
「わた……ボク! 男だから!!」
それを聞いてフィックスは固まった。
「……え? ……いやでも……その恰好……カレンの服だけど……」
「女装趣味があるだけだよ!!」
(なんでこんな嘘つかなきゃならないの!?)
なんとか切り抜けたくて、大嘘をついた。
(確かに……女にしては背高いし……男だと低いけど……中性的なイケメンにも見える………………え? 俺……男を口説いた……?? しかも女装趣味の???)
「マジ……かよ……」
フィックスは、あまりのショックで頭の中が真っ白になり、フラフラしながら、部屋を出て行った。
「あんな人が他にもいたら嫌だな……これから男性のフリしてよう……」
さっきフィックスに握られた自分の手を見ながら、男のフリをする事を、固く決心した。
それからしばらくして、カレンが帰宅した。
村人に色々と聞いてみたが、村に美しい女性の知り合いはおらず、行く当てもないので、生活の面倒をカレンが見る事になった。
カレンはフィックスにも事情を話し、三人でカレンの家に集まった。フィックスはさっきの事で気まずそうにしながらも、美しい女性をチラチラと見ていた。
「結局誰かわからないし、名前がないと不便だから、名前クリアーにしましょう! 記憶もないし透明感すごいしピュアだし!」
「良い名前!」
カレンが命名した名前を、クリアーもとても気に入り、キャッキャとはしゃいだ。 そんな二人を見ていたフィックスは、疲れた顔で一言つぶやいた。
「俺の記憶も……クリアー(消去)したい……」
こうして、クリアーとカレンとフィックスは出会った。
そしてクリアーは、ここから五年間、男性のフリをして過ごすが、フィックスはそのせいで苦労する事になるのだった。