コールと旅に出る事になったクリアーとフィックスは、荷造りの為に、各々の家に帰り、その準備を進めていた。
その間コールはフィックスの家で、出されたお茶を飲んで待っていた。どうやらフィックスは酒が好きなようで、机や床の上には、未開封や空の酒瓶がゴロゴロ置いてある。
(誰かと一緒に旅をするのってはじめてだな……そういえばクリアーに対して、何か気を付ける事ってあるかな)
クリアーは男性のフリをしていた女性だったので、一緒に旅をする中で、どうしたら良いのかを考えていた時、荷造りを終えたフィックスが、カレンと共に隣の部屋から戻ってきた。
「よし! 荷造りできた! わりぃな待たせて!」
「お待たせー」
「いえ! ……フィックスさん」
「お?」
少し照れたような顔で、頬をかきながら、コールは話し始めた。
「オレ……女性と旅をするのってはじめてなんですけど……何か気を付けた方が良い事ってありますか?」
きょとんとした顔で、お茶を飲みながらフィックスが答える。
「え? なんで俺に聞くの??」
「え……フィックスさん女性に慣れてそうだから、色々わかるかなって」
「そう見えるのか?」
「はい」
疑いのない返事をするコールに対し、しばし沈黙するフィックス。
「…………いやー! まあ! 女と付き合った事あるし、かっこいいとかは言われるけどな! はっはっは!」
頭をかきながら、フィックスは豪快に笑った。
「はい!」
「そう素直に反応されると、言った俺が恥ずかしいじゃん」
あまりにも素直なコールの反応に、フィックスは赤面した。
「でもデリカシーはないわよ」
すかさずカレンが言う。
「お前……」
二人の仲の良さに、コールに思わず笑みがこぼれる。
「ふふ」
「コールはねえの? 女と付き合った事」
「ないですね」
「そっか……」
(コール絶対モテると思うけど……付き合った事はないのか……)
フィックスは、クリアーに対して気を付ける事、の答えを少し考えてみた。
「気を付ける事ねー。女って事だし……さすがに宿の部屋は別が良いんじゃね? 金かかるけど……」
「そうですね」
「あとフィックス!」
「なんだよ……」
嫌な予感がしつつも、カレンを見るフィックス。
「あなたノックしたあと、返事する前に扉開けるのやめなさいよ!」
「え……」
「クリアーの着替え中に入ったりしたらどうするのよ!」
「あ……いや……昔一回あるかな……脱ぎかけだったから女だとはわかんなかったけど……」
半笑いの呆れた顔で、カレンはフィックスを見つめた。
「もう! 見られた方は困るでしょ!」
「こっちも気まずいけどな……だからそれ以降あいつの家は、開ける前に返事聞いてから開けてたけど……」
「どの家でも全部そうしなさい!!」
黙って聞いているコールも、これには苦笑いをしていた。
俺は悪くないと言わんばかりの顔で、納得いかないフィックスは続ける。
「鍵ちゃんとかけない相手も悪くね?」
手を後ろで組み、不満そうなフィックスにカレンは苛立ち、静かに近寄り、ゆっくりと言った。
「相手は相手、あなたはあなたで気を付けるの」
また周りに炎の幻覚が見えるような怒りを感じたので、すかさず謝るフィックス。
「はい……ごめんなさい」
わかればよろしい、という雰囲気を出しながら、少し後ろに下がり、人差し指を立ててカレンは話を続けた。
「それに同性にでも着替えとか見られたくない人もいるから、女性、男性、っていうより、一緒に居る相手がどうかをしっかり聞くと良いわよ」
「なるほどー……」
反抗する気の無くなったフィックスは、素直に話を聞くようになった。
「仮にクリアーが、お金の節約になるからって、宿は一部屋だけ借りて、同じ部屋で、なんなら一緒のベッドで寝ても良いよって言われても断るでしょう?」
その場面を想像したフィックスは、半笑いでカレンに答える。
「それはまあ……さすがに……」
(あんな美人と一緒に寝るとか……色々ヤバいだろ……)
少し嬉しそうな顔のフィックスに、カレンは軽い怒りを感じた。
「……鼻の下……伸びてるわよ」
「伸びてねえよ……」
フィックスは鼻の下を指で触りながら、カレンから目をそらした。
「聞けない時はある程度先に、女性か男性かで配慮する必要もあると思うけど、聞けるならちゃんと話し合った方が良いわよ」
「しっかりしてんなお前……さすが村長の娘」
「知らなかったせいで、喧嘩とかになりたくないじゃない?」
会話を聞いていたコールが、嬉しそうな顔で口を開く。
「そうですね! ありがとうございます! カレンさん!」
その反応を見て、フィックスは少し申し訳ない気持ちになった。
(カレンみたいな良い回答できなかったな……)
「フィックスさんもありがとうございます!」
「ん……」
まあ、解決したからいっかと、フィックスはすぐに気持ちを切り替えた。
カレンは役に立てたのが嬉しかったようで、元気な声で言う。
「どういたしまして! 私は村の事があるし、ついて行けないから、フィックスしっかり頑張ってよね!」
半笑いでため息交じりに、フィックスはカレンに答える。
「わかったよ……俺が自分で行くって言ったしな……」
カレンを見て、コールは素直な言葉を伝える。
「しっかりしてて、カレンさん素敵ですね」
突然の誉め言葉に赤面するカレン。
「え! や……やだ、ありがとう! でも私はダメよ! 好きな人いるんだから!」
カレンは両手を頬に添え、にこにこしながらすごく嬉しそうにしている。
「何勘違いしてんだよ……てか好きな奴いたんだな……」
フィックスをじっと見ながら、少し照れたような顔で、カレンは続ける。
「そうよ……ものすごく鈍感な、デリカシーのない男がね」
「そんな奴が好きなのかお前? 変わった趣味だな……」
「別に良いでしょう。それよりフィックスは他にも——……」
文句が止まらないカレンに、フィックスは焦り始める。
「ごめん! そろそろ行かないと! コール見つかっちゃったらいけないし! 帰ってからいっぱい話聞くから! な!」
「もー! 逃げたー!」
「はは!」
困ったような照れた表情をしているカレンを見て、コールは思う。
(あれ……? カレンさんって……もしかして)
カレンのフィックスへの反応から、コールは好きな人が誰か、わかったような気がした。
「絶対よー!」
「おう」
荷造りが無事終わり、村の端に、旅立とうとしている三人の姿がそこにあった。
少し離れた場所で、カレンは笑顔で大きく手を振る。
「いってらっしゃい! 気を付けてね!」
武器である棒を持ち、大きな荷物を背負ったフィックスが答える。
「またな」
ロッドを握り、クリアーもカレンに答える。
「カレンさんまたねー! いってきまーす!」
コールもカレンにお辞儀をし、そして森の方へと向く。
カレンは三人の背中を見ながら、コールと居る嬉しそうなクリアーを見て、心配ながらも、応援の気持ちで送り出すのだった。