新たにブラックが仲間になったコール達は、森を抜け、その先にあった街へと到着した。森での疲れを癒すかのように、宿でゆっくりと休んだ一同は、朝を迎え、これから新しい街での生活が始まろうとしていた。
別室に泊まっているクリアーは、朝食を食べる為に、コール達の部屋に向かった。部屋の扉が開いていたので、そこから顔を出し、朝の挨拶をする。
「おはよう!」
フィックスとブラックとコールは、クリアーに挨拶を返した。
「おはよ」
「おはよー☆」
「クリアーおはよう」
部屋の外の木に止まっていた一二三も、みんなにつられて、窓の方へと軽やかに飛んできた。
「おはよークリアー」
「一二三ちゃん、おはよう! ごめんね、宿に入れられなくて……」
「どこの宿も動物は入れられないからな」
フィックスの発言に、一二三が不機嫌そうに答えた。
「動物って……ペットじゃないんだから! 不死鳥だってばー! まあ、ぼく、不死鳥だから、お外でも平気だけどね」
「どういう理屈だよ……」
フィックスがそう言った後、ブラックが一二三に近づき、まじまじと見た。
「いやーしかし、ホントに不死鳥なんているとはねえー」
「お前よくすぐ信じたな……」
「ペラペラしゃべる鳥なんて普通じゃないじゃん☆」
「まあな……」
「鳥じゃなくて不死鳥だよー!」
一二三は大きな声でブラックに怒った。
「不死の鳥なら鳥で良いじゃん」
今度はそう言うフィックスに、一二三が怒る。
「鳥じゃないのー! 普通の鳥と一緒にしないでー!」
「へいへい」
一二三もすっかり、コール達の仲間になっていた。
みんなが朝食を済ませると、クリアーは作ってくれたフィックスに向かって、元気よく食後の挨拶をした。
「ごちそうさま!」
「おう」
コールは自分の食器を片付けながら、みんなの食器も重ねていく。
「食事作ってもらったので、オレ、食器洗ってきますね」
「ありがと」
クリアーもお手伝いをしたくて、コールに声をかける。
「ボクも行く!」
「うん!」
ブラックはそんな二人を見ながら、ゆったりと椅子に座って、食後のお茶を飲んでいた。
「いってらっしゃーい☆」
何もしようとしないブラックに、フィックスは眉をひそめた。
「お前もなんか手伝えよ……」
そう言われて、ブラックは何も置かれていないテーブルの上を見た。
「じゃあ、食後のテーブルを拭いてあげるね☆」
「楽な事しかしねえなお前……」
「にゃはは☆」
そんな二人を後に、コールとクリアーは食器を持って、宿の台所に向かった。
食器を洗いながら、二人は楽しそうに雑談をしていた。
「コールって旅してる時、ご飯とかどうしてたの? 外食??」
「作ってたよ」
「コールご飯作れるんだ! 偉いね!」
「はは! クリアーは?」
「ボクも一応作ってたんだけど……なんか味がいまいち美味しくならなくて……フィックスやカレンさんが作ったら美味しいから、結構おすそ分けしてもらってた」
「そうなんだ。オレも得意なわけじゃないけどね、料理」
「なんか色々考えてたら、味が濃くなりすぎたり薄くなりすぎたりしちゃう」
クリアーの料理中のそんな姿を想像して、コールは笑い声を上げた。
「あはは! オレもたまにあるよ!」
「そうなの? お料理って難しいね」
「そうだね!」
食器を洗い終わり、水滴を拭いて、部屋に持って帰る時に、コールが食器を多めに持って歩き出した。
「あ……ボクも、もっと持つよ?」
「そう? じゃあこれお願い、かさばって落としそうだから」
クリアーは数枚の布巾を渡された。
(布巾……重いのは自分で持つんだね……優しいなぁ……)
クリアーは、少し前を歩くコールを見ながら、後ろで嬉しそうにしていた。
みんなの居る部屋に戻ると、すぐにフィックスがクリアーに声をかけてきた。
「あ、クリアー」
「何?」
「お前足りないもんとかある? カレンが色々入れたもんだけで足りてる?」
それを聞いたブラックは、前のめりになって答えた。
「俺様足りないもんいっぱいあるー☆ 棒兄ちゃん買ってー☆」
フィックスはそう言うブラックを、しかめ面で見た。
「お前に聞いてない……」
食器をテーブルに置き、クリアーが答えた。
「今のとこは大丈夫だよ」
「そっか、なんかあったら一緒に買い物行くから言えよ」
「なんで??」
「なんでってお前……一人で行ったら絶対迷子になるだろ……」
「ならないって!」
フィックスはクリアーに近づき、ハッキリとした口調で言った。
「いいや、なる。そんで宿に帰れなくて、俺とコールが、お前を探しまくる未来が見える」
それを聞いたブラックが、ありえそうだと言わんばかりに、高らかに笑った。
「にゃはは☆」
「そんなこどもじゃないし!!」
否定するクリアーを見つめながら、フィックスは続けた。
「小さな村とは違うんだからさ、まあ、しばらく、お前が一人でどこまでできるのか見たいから、最初は俺と一緒に行動しろよ。村から出たの、はじめてなんだからな」
「うん……」
(そういえば他の街で、外行く時は、ずっとフィックスが一緒だったな……ボクが迷子にならないように、気を付けてくれてたんだ……)
クリアーはフィックスに守られていた事を知り、申し訳ない気持ちになった。
「え? 村から出たのはじめてなの?」
ブラックは驚いた顔で聞いた。
「せいぜい村の周辺の森に、俺かカレンと薬草採りに行ったぐらいだよな?」
「そうだね」
「へー」
ブラックには、まだ詳しい事情は言えないフィックスは、濁すように言った。
「色々事情あってな」
そんな心境を察して、少し面白くなさそうにブラックは返事をした。
「ふーん」
「あと、食料の買った分とか、在庫とか、紙に書いとくから、値段とか個数とかも、みんなで食ったり使う分は報告して。金は後から調整するから」
「フィックスが管理するの??」
不思議そうな顔のクリアーにフィックスは答えた。
「他に誰が管理すんだよ……お前計算できんの?」
フィックスは首をかしげて、クリアーを見つめた。
「う……あんまり自信ない……」
「コールもそれで良いか? 在庫が無かった、とかも防げるし、その方が効率良いだろ?」
「そうですね、まとめて買った方が安いですし」
「じゃあ決まりな!」
「はい!」
その事を疑問に思ったブラックが、フィックスに質問をする。
「俺様も?」
「一応今は仲間なんだから、お前もだよ」
そう言われ、とても嫌そうにブラックは答えた。
「えー面倒ー」
「居る間は協力しろ!」
「へーい」
旅をするのがはじめてのクリアーは、みんなの様子を見ながら思った。
(みんなで旅するって……こんな感じなんだ……)
みんなで協力して行動する。今まで見えなかった事が少しずつわかるようになって、クリアーは少しわくわくしていた。
食後はみんな自由に過ごしていたが、今日は特に何もする事がないので、クリアーは廊下の窓から外を眺めていた。
(街か……この街には、何があるんだろう……美味しいお菓子あるかなぁ)
そんなクリアーの様子を見たコールは、近づいて声をかけた。
「クリアー、外行きたいの?」
「え……うん」
「じゃあ行く? オレが居れば迷子にはならないと思うし」
「え!?」
(コールと二人きりで!?)
クリアーは大きな声で、嬉しそうに返事をした。
「うん!!」
「いつもバタバタしてて、ゆっくり見れなかったもんね。じゃあ、フィックスさんに聞いて来るね」
「うん!」
コールはフィックスの許可を得る為に、話をしに部屋に戻った。
フィックスはテーブルに向かって座っており、手元には紙と羽ペンがあった。どうやらさっそく管理表を作っているようだ。
「フィックスさん、クリアーが街を見たいらしいので、オレも付き添うので行っても良いですか?」
「え……」
驚いたような顔をしたフィックスの反応を、予想していなかったコールは、少し困惑した。
「あ、ダメでした? 危ない……ですか? クリアー、そんなこどもじゃないとは思うんですけど……」
(二人きりか……デート……みたいになったりしねぇかな……なんかちょっとモヤモヤするけど……まぁ……これからも毎日一緒に居るわけだし……いつまでも過保護すぎんのも良くねえか……)
「……いや、コール居てくれたら問題ねぇし、……じゃあ頼むわ」
「はい! じゃあついでに食材の買い出しとかも済ませてきますね!」
「おう……」
(良い雰囲気とかなったら……なんかちょっと嫌だな……)
「二人の時は……人多いとこに……できるだけ行って……ね??」
ぎこちない態度のフィックスを、コールは不思議に思った。
(明るい時間なのになんでだろ?? まあ、オレも昼間から賊に襲われた事もあるし、フィックスさん保護者だから、すごく気を付けてるのかも……)
「わかりました!」
(すまんコール……信用してないわけじゃねぇけど……しばらくは……)
保護者目線なのか別に気持ちがあるのか、フィックスは自分でも自分の気持ちが良くわからないでいた。
コールはクリアーの元に戻り、許可を得た事を伝えた。
「クリアー、良いって!」
「ありがとう! じゃあ行こう!」
(コールと二人!!)
クリアーはとても嬉しそうにニコニコと微笑みながら、宿を出発した。
宿から出てすぐに、色々な店が並んでいた。
「街って面白いね!『白の村』にはなかった物がいっぱいある!」
「うん!」
歩いていると石鹸を売っている店があった。
「わ、色んな石鹸がある」
二人は足を止めて、並べてある、様々な香りと色の石鹸を眺めた。
「コールが使ってるのは香りないよね?」
「そうだね! 香りないのは安いから」
お金が無いわけではないが、コールは質素な生活を好んでいた。何かあった時にすぐ対応できるように、質素な生活をし、多くお金を残すという生活スタイルを身に付けていた。
「ボク、とりあえずでフィックスの石鹸を半分切ってもらったんだけど、小さくなってきたから、そろそろ新しいのほしいな」
お金はあまり使わないが、物を見るのは好きなコールは、クリアーの買い物に付き合うことにした。
「じゃあ探してみよう!」
「うん! …………ねぇ……コールは……どういう香りが……好き?」
少し、もじもじと照れながら、クリアーはコールを見た。
「え? そうだな……フローラル系とか好きだけど」
「フローラル……」
「花の香りの、んー……あ、これだよ」
コールはクリアーに、フローラルの香りの石鹸を差し出した。
「良い匂い……ボクこれにする!!」
「え? クリアーの好きなので良いんだよ??」
「これが良い! これが気に入ったの!」
「そう?」
「うん! ボク買って来る!」
そう言うと、クリアーはさっそく石鹸を買った。
「へへ!」
「良かったね!」
「うん!」
(クリアー道覚えてるかな?)
「クリアー、宿ってどっちだっけ?」
「あっち!」
元気いっぱいに、クリアーは宿の方向の真逆を指さした。
「はは! やっぱりしばらくはフィックスさんと外出が必要だね!」
「え!?」
「宿はあっちだよ」
「あ……ごめん……」
間違えてしまい、しょんぼりしたクリアーに、コールは元気に優しく言った。
「ううん! 大丈夫だよ! ゆっくり覚えていこう!」
「うん!」
「じゃあ続けて食材の買い出し行こうか」
「うん!!」
しばらく買い物をしていると、二人は人の多い道へと出た。
「この辺、人多いね」
「そうだね、はぐれないように気を付けてね」
「うん」
人込みを抜けて、コールは空いた道に出た。
「クリアー、大丈夫だった?」
振り返ると、クリアーはいなくなっていた。
「あれ!? クリアー!?」
コールが辺りを見渡しても、クリアーはどこにも居なかった。それもそのはず、クリアーは、人に流されてしまい、コールとは全く別の場所に居たのだ。
「どうしよう……はぐれちゃった……コールー!」
クリアーの叫びに対し、当然コールの返事はなかった。ここは路地裏のようで、辺りには人も居らず、しんと静まり返っている。
「うぅ……全然道わかんない……どうしよう……フィックスの言った通りになっちゃったよ……」
おろおろしているクリアーを、少し離れた場所から、尾行していたスロウが見ていた。
「迷子に……なってるし……コール……なにやってんだよ……てか……絶対彼氏じゃないと……思うんだけどなあ……仲良さそうだけど……恋人の感じじゃ……ないし……」
不安そうに周りを見渡しているクリアーの様子を見ながら、スロウは迷っていた。
「ロスト様の命で……あとつけてるだけだから……できるだけ遭遇は……したくないんだけど……ほっとくわけにもいかないし……どうすれば……」
壁に隠れて見ていたスロウだが、他に誰も人が居ないので、とても目立つ状態になっていた。
「あれ?」
(うわっ! 気づかれた!!)
「あなた……ロストの……」
クリアーはスロウに近寄ったが、スロウはマントのフードを勢いよく被り、顔を隠した。
「人違いです!!」
「えええ……」
今、思いっきり顔を見られたにも関わらず、スロウはとりあえず、人違いで通そうとした。ぽかんとするクリアーに対し、動揺しながらも会話を続けた。
「人違いだけど……もしかして……迷子……ですか?」
「え……うん」
「どこにいきたいの?」
「えっと……コールに会えたら良いけど……無理なら宿に……」
「宿はあっちだよ」
なんの迷いもなく、スロウは当たり前のように宿の方向を指さした。
「え? なんでボクの泊まってる宿知ってるの?」
(しまった! 尾行してるから宿知ってるけど、知ってたら変じゃん!!)
「いや! なんとなく!!」
「なんとなくでわかるの??」
「隣に……赤い建物がある……宿でしょ?」
「うん!!」
「ですよね……あっちだよ……真っすぐ行けば……着くから……」
「ありがとう!」
このやり取りで、ふと、スロウは何かを思い出した。
「そういえば……昔……」
「え?」
「昔……迷子になった……女の子……キミみたいな……青い目で……紫の髪の……女の子を……道案内したような……」
「そうなの?」
「……気がする」
ハッキリとは思い出せなかったので、妙な言い方になってしまったが、それを聞いたクリアーには面白かったようで、笑い出してしまった。
「気がするって……あはは! 変なの!」
はじめて目の前で見る事になった、好みの女性の笑顔に、スロウは見惚れた。
「笑った……可愛い……」
「え?」
「あ! いや! じゃあこれで!!」
動揺を悟られたくなくて、そそくさとスロウはその場を離れようとした。
「ありがとうー! えっと……スロウ!」
「え!!」
呼ばれてビックリし、勢いよく振り返ったせいで、スロウのフードは脱げてしまった。
(名前……呼ばれた……)
赤面しながらも、スロウはしばしクリアーを見つめた。
「やっぱり!」
「しまった!!」
完全にバレてしまった事に気づき、スロウは焦ってその場から逃走した。そんな走り去る後ろ姿を見ながら、クリアーは疑問に思う。
「なんでバレたくなかったんだろう……??」
スロウは路地裏を全力で走りながら、色々と考えていた。
(うおお! バレた! ……もう……ロスト様……早くクレア様に話しかけて……俺達のパーティに入ってもらわないと……尾行……大変過ぎるんだけど! ……でも……俺の名前……覚えててくれたんだ……なんか……嬉しいな……)
好みの女性というのもあるが、憧れのロストの好きな人に、名前を呼んでもらえた事を、スロウはとても嬉しく思っていた。
クリアーは教えてもらった宿までの道を、一人で真っすぐ歩いていた。その時、コールの大きな声が聞こえた。
「クリアー!!」
「コール!? ごめん! はぐれちゃ……って……」
声のする方を見ると、そこには汗だくのコールが、息を切らして立っていた。
「居た……良かった……」
(コール……汗すごい……きっと……すごく探してくれたんだ……)
「見失ってごめん! オレがしっかりしてないといけなかったのに!」
「ううん! ……あ! 親切な人が宿までの道教えてくれたの! 途中で会えて良かった!」
「そっか……良かった……でも迷子になった時、不安だったよね? ごめんね……」
「ボクが人込みに流されちゃったからだし! 心配かけてごめん! 次は気を付けるから!」
コールは責任を感じているようで、重い声で返事をした。
「うん……オレも……気を付ける」
(……ボクがはぐれちゃったからなのに……ボクも……もっとしっかりしなきゃ)
再会できた二人は、一緒に帰る途中、セールがあって人が多くなっている場所に出た。
「また人多いね」
「うん」
クリアーがそう言った瞬間、横を通った人にぶつかられてしまった。
「わっ!」
「クリアー!」
よろけたクリアーの手を、コールは掴んだ。
「ごめん……」
(クリアー優しいから……相手優先し過ぎて、人多いと上手く通れないんだ……)
「……」
コールは手を繋いだまま、その場から歩き出した。
「え……コール??」
「……ごめん……さすがに……またはぐれるのは嫌だから……人込み……抜けるまでは……」
「あ……うん……ありが……とう」
(うわぁ……うわあ!!)
人込みの中を、二人は手を繋いで歩いた。その間、クリアーはコールを見る事もできず、そわそわと落ち着かずにいた。
(……なんか……なんか胸のあたりが……くすぐったい!!)
足場の悪い道などで、手を貸してもらった事は何度もあるが、ずっと繋いだままという状況に、クリアーは何とも言えない気持ちになっていた。
少しトラブルがありながらも、無事二人は宿に戻った。夜になり、みんなで夜ご飯を済ませ、風呂の時間となった。
宿のトイレは男女別に作られているが、風呂はひとつしか作られていないので、ひとりひとり順番に入っていた。
風呂を済ませたばかりのクリアーが、開いている部屋の扉から、フィックスに声をかけた。
「フィックスー、じゃあボクそろそろ寝るねー」
「おう」
「クリアーちゃん、おやすみー☆」
「ブラックもおやすみー」
「あ、クリアー。昼間タオル洗濯しといたから、自分の部屋持ってって」
「うん、ありがとう」
フィックスにタオルを渡され、受け取ったクリアーから、ふわっと良い香りが漂った。
「!!」
(めっちゃ……良い香りがする!!)
疑問に思ったフィックスは、クリアーに質問をした。
「……香り付きの石鹸……買った?」
「うん! 石鹸なくなってきてたから、新しく買ったの! フローラルだって!」
「……お前……旅に出る前は……ラベンダーのほんのり香るやつ……使ってなかったっけ?」
「うん」
「なんで急にフローラル??」
「この匂い嫌い??」
「いや、好きだけど……」
「コールも好きなんだって!」
「!!」
(こいつ! やっぱコールの事……)
フィックスは、一気に声のトーンが下がった。
「そっか……」
「? フィックス??」
(……単にコールの人柄を気に入ってるだけで、恋愛感情じゃねぇかもしれねぇし……って、別にどっちでも良いじゃん! クリアーが誰好きになろうと、俺には関係ねぇし!)
クリアーから目をそらし、下がったトーンで続けた。
「……いや、なんでも……おやすみ」
「おやすみ!」
タオルを受け取り、クリアーは部屋から出て行こうとした。
「……あー!!」
「え! 何??」
突然大声を上げたフィックスを、クリアーは驚きながら見た。
「あー……いや、なんも……」
「もう……ビックリするじゃない」
「ごめん……おやすみ」
「変なフィックス……おやすみ」
クリアーが部屋から出て行った後で、片手で頭を押さえて、フィックスはつぶやいた。
「くそ……なんか……気持ちが落ち着かねぇなぁ……」
それを見ていたブラックは、ベッドの上からフィックスを呼んだ。
「……棒兄ちゃん☆」
「なんだよ……」
「そういうの、なんて言うか知ってる?」
「え?」
ブラックは満面の笑みで言った。
「こ☆ い☆」
「恋…………はあ!? 何言ってんだよ! そんなわけあるかっ!!」
「えー? どう見てもそうじゃん?」
フィックスは、大きな足音を立てながらブラックに近づく。
「ふざけんな! そんなんじゃねえよ!」
「……」
(無自覚? なの?? ……まだ気づけるほど気持ちが大きくなってないとか??)
ブラックは怒っているフィックスを、じっと見ながら続けた。
「でもまあ……」
「あ?」
「時間の問題だろうねー☆」
「何がだよ!!」
「こっちの話ー☆ にゃはは☆」
楽しそうなブラックとは反対に、フィックスはとてもイライラしていた。
クリアーは隣の自分の部屋に戻る途中、廊下で、風呂から帰ってくるコールと遭遇した。
「クリアー、もう寝る?」
「うん」
「そっか! おやすみ」
「おやすみ……」
コールが横を通り過ぎると、クリアーからフローラルの香りがした。
「あ」
「え?」
「やっぱり、良い香りだね、それ」
「!!」
(フィックスに嗅がれてもなんとも思わなかったのに! ……人込みで手繋がれたのもだけど……コールだとなんか…………恥ずかしい!!)
コールに良い香りだと言われて、クリアーは真っ赤になってしまった。
「……顔赤いけど、大丈夫?」
「だ……大丈夫っ!!」
「?? なら良いけど、おやすみ」
「……おやすみ」
部屋に戻ったクリアーは、閉めた扉を背に、胸に手を当てて、佇んでいた。
(……コールと居ると、なんかドキドキしちゃう……でも、朝起きて、すぐにおはようって言えて……寝る前におやすみって言えるの……良いな……あったかいな……もっとコールと……一緒に……居たいな)
コールと一緒に過ごせる日常に、クリアーは大きな喜びを感じはじめていた。