【純愛 恋愛ファンタジー小説】 千の希望 第六話 「約束」

千の希望 ラノベ小説

 コール達は、次の街へ移動する為に、宿から出る準備をしていた。
 先に準備を終えたフィックスとクリアーが、宿の外でコールが来るのを待っていた時、急に女性の叫び声が聞こえてきた。
「きゃあああ!」
 フィックスは驚き、声のする方を見た。
「なんだ?」
 そこには、ガラの悪そうな男が、女性の手を強引に引っ張っている姿が見えた。
「姉ちゃん綺麗だねえ。俺と遊ぼうよー」
「やめてください!」
 女性は明らかに嫌がっていた。
「絡まれてる!」
 クリアーがそう言った時には、すでにフィックスが棒を相手の顔の前に当て、威嚇していた。
「よう、俺とも遊んでくれる?」
 背が高く、態度も大きいフィックスに、男は圧倒された。
「う……くそっ」
 男は諦めて、その場から逃げていった。
「大丈夫か?」
「あ……ありがとうございました!」
 フィックスが助けた相手は、容姿のかなり綺麗な女性だった。
(わ! 綺麗な人)
 クリアーも美しい容姿をしているが、そんなクリアーから見ても綺麗な人である。
「あの、何かお礼を……」
「気にすんな、じゃあな」
 フィックスは、クリアーとその場をあとにして、コールが宿から出てくるのを再び待った。
 さっきの出来事を不思議に思ったクリアーは、ゆっくりとフィックスに近づき、顔を見つめた。
「……フィックスってさ、美人が好きなんだよね?」
「あ? おう」
「美人な女性を見たらすぐ口説いてたって、カレンさんが言ってたけど、ボク五年間一度も、フィックスが女性口説いてるとこ見た事ないなと思って」
 何を言ってんだお前、と言わんばかりに、キョトンとしながら、フィックスは答えた。
「お前の事は口説いただろ」
「ボクじゃなくて!」
(そういえば、クリアー口説いたあと、男だって言われて、男を口説いたと思ったショックで、しばらく女口説くのやめてたけど……なんかそのあとも、女口説きたいって思わなくなったんだよな……)
「さっきの女性とか綺麗だったし、お礼したいって……食事とか行けばさ」
 珍しく自分の女性関係に興味を示すクリアーに、フィックスは少し嬉しそうだ。
「何? 気になんの?」
「え? だってカレンさんの話と違うから……」
「んー、まあそのうちな」
(てか……毎日この顔面見てたら、それでもう満足するっていうか……今まで見た中で一番好みの顔だからな……)
「? でも、別に口説かなくて良いんじゃない? あんな勢いで来たらビックリするし」
「お前以外には、あんな勢いで口説いた事ねえよ」
「えー?」
 クリアーは疑いの眼差しをフィックスに向けた。
「なんだその反応! ……ていうかさ……」
「何?」
「お前コールの事、好きなんだろ?」
 ずっと気になっていた事を、恋愛の話になった機会に、フィックスは聞いた。
「え?? うん」
(認めた!!)
「仲間だもん!」
「ちげえよ、男として好きなのかって聞いてんの」
「?」
 クリアーに近づき、少し不機嫌そうにフィックスは言った。
「恋愛感情がコールにあるんじゃねえの?」
 それを聞いて、クリアーの顔が、一瞬で赤くなった。
「な! 何言ってるんだよ!」
「だって、綺麗だって言われて赤面してたじゃん」
「そんな事、言われ慣れてないから、恥ずかしくて赤くなっちゃったんだよ!」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ!!」
(この顔見たら、ほとんどの奴が綺麗だって思うだろうけどな……)
 クリアーを至近距離で見つめ、フィックスはつぶやいた。
「……可愛い」
「え!?」
「クリアーは可愛い」
「な……何急に!?」
 突然の誉め言葉に動揺するクリアーを無視し、フィックスは優しく、ささやくように続けた。
「……綺麗だな、お前」
 その言い方と言葉に、クリアーは真っ赤になった。
「な!! そうやって女の子口説いてたの!?」
 フィックスはクリアーを、さらに見つめた。
「もう! ボクをからかわないで!!」
 耐えられなくなったクリアーは、ぷいっとそっぽを向き、目的もなく、その場からどこかへ歩き出した。
 照れて去ってしまったクリアーの背中を見つめながら、フィックスは呆然とした。
(……なんだ……本当に言われ慣れてないだけなのか……?)
「俺に言われても赤面してやんの」
 さっきの赤面したクリアーを思い出し、笑みがこぼれる。
「ふーん」
 その時、コールが準備を終えて、宿から出てきた。
「すみません、お待たせしました! あれ? どうしたんですか?」
「え?」
 にやけた顔で、フィックスはコールを見た。
「なんかご機嫌ですね!」
「まあ、ちょっとね♪」
(可愛いより綺麗に弱いのな)
 フィックスはしばらく、口元のゆるみを隠しきれずにいた。

 街から出てすぐに、緑豊かな大きな森があり、その前で地図を広げて眺めていたフィックスは、コールとクリアーに視線を移した。
「この森を抜けたら次の街があるみたいだな。行くぞ」
「うん!」
「はい!」
 ゆっくりと歩を進め、森へ入って行くコールパーティの遥か後ろに、あとを追うように続く、三人の人影があった。
「ロスト様……」
「何だスロウ」
「なんでずっと……あとつけてるだけで……声……かけないんですか?」
「……クレアは今、記憶が無いと言っていた……私の事も覚えていなかったし、新しい仲間も居る」
「そうですけど……」
「しばらく様子を見るほうが良いのではないかと思う」
「様子を……」
 それを聞いていたリーフが話し出した。
「まあ、コールが彼氏かもしれないですしね!」
「!?」
「リーフ!!」
 からかうように笑いながら、リーフは続けた。
「冗談ですよー★ とかなんとか言って、実は数年ぶりに再会したクレア様が、さらに綺麗になってて、話すの恥ずかしいとかー?」
 ロストは無言で固まり、顔がみるみる赤くなっていった。
「…………うるさいな……」
「ええ! 冗談だったのに、ロスト様可愛い!★」
「まあ……確かに……綺麗だもんね……クレア様」
「……だからしばらくは、あとをつけるだけにする」
 ロストの発言に、スロウとリーフは思った。
((ストーカー宣言……))
「良いですよー★ 私はどこでも付き合います!」
 手を挙げて、リーフは元気に言った。
「俺も……どこでも……」
 そんな二人の言葉に、ロストは少し申し訳なさそうにした。
「付き合わせてすまない」
「元々、目的無くぶらぶらしてる感じですし★ 問題ないでーす★」
「俺も……問題ないです……」
 承諾してくれた二人に、微笑みながら、ロストは言葉を返した。
「ありがとう……」
 そんなロストを見て、スロウは思う。
(普段は……冷静沈着なロスト様が……クレア様の話をする時は……人が変わったように……明るくなってた……そして実際会ったら……こんな……普通の男って感じに……なるんだな……)
 しかし、普通の男はストーカーをしない、という事に、スロウは気づいていなかった。
(前……クレア様を……助けようとした時……お礼言われた……俺の事も……気にしてくれて……あれはちょっと……嬉しかったな……。ロスト様を……こんな風にする……不思議な人……クレア様に……俺もちょっと……興味……ある……)
 そう思っていた時、ロストはスロウの様子を見て、口を開いた。
「……スロウ」
「ん?」
「もう一度言っておくが……クレアはダメだからな」
「!」
(思考を……読まれた??)
 スロウはロストの目をじっと見て答えた。
「いえ……好きになんて……絶対……ならないので……大丈夫です……」
「なら良いが」
(見た目とか……ロスト様から聞いた……クレア様の性格とかは……好みだけど……
好きに……ならないと……思う……けど……な………………多分)
 ロストは遥か先を歩いているクリアーを見つめ、いつものように、名をつぶやく。
「クレア……」

 コールパーティが森に入ってから三時間が経った頃、フィックスがクリアーに声をかけた。
「大丈夫か? クリアー」
「平気だよ」
「お前本当体力あるよなー、粗い道なのに。コールは?」
「大丈夫です」
「若いって良いね。俺ちょっと休憩」
 背中の重い荷物を地面に置き、その場に座り込むフィックス。
(かなりゆっくり歩いているとはいえ、フィックスさん荷物重いしな)
「そうですね、一回休憩しましょう」
 何度か水分補給で立ったままの休憩はしたが、疲れが出ているフィックスの為に、しっかり休憩をする事にした。
 持ってきた水を飲みながら、三人はしばし、くつろぐ。
「今どのくらい進んだの?」
 フィックスの後ろから、クリアーが聞く。
「もう半分以上は進んだはずだから、あと二時間くらいで出れるんじゃね?」
 そう言われて、森を見渡すクリアー。
「そういえば、動物とかいないね」
「あー、もしかしたら近くに、熊がいるとかな! ははっ!」
「熊……」
 フィックスがそう言い終わった時、近くの茂みでガサガサと音がした。
「え?」
 茂みの中から、言った通りに熊がぬっと出て来た。
「「熊!!」」
(噂をすれば!)
 驚きのあまり、三人は同時に叫んだ。
 フィックスはさっと立ち上がり、熊を見る。
「やべえ!! 流石に熊を棒で倒せねえ……クリアー! いけるか!? お前の怪力で!」
「ボク、人間以外と戦った事ないよ!」
「まーそうだよな! ずっと村に居たしな! コール『千の力』で倒せるか?」
 青ざめた顔でコールは答える。
「生き物に……使った事はないです」
「だよな! 肉塊になったらやだもんな! クリアーも『千の力』は無理だよな?」
「無理! 肉塊イヤ!」
 クリアーは首を大きく横に振った。
「あーもー! 一二三ひふみ! お前なんかできねえの!? 口から炎吐くとか爆風を起こすとか!」
 コールの肩に止まっている、不死鳥の一二三ひふみが言う。
「ぼくはまだこどもだよー」
「やべえ! 打つ手がねえ!」
(くそ! どうする!? コイツらを守らねえと!)
 その時、焦るフィックス達の頭上で、緊迫感を壊すような、チャラい声が聞こえてきた。
「棒兄ちゃーん☆」
「!?」
 聞き覚えのあるその声の主は、今まで何度も出会った、美形の泥棒のブラックだった。
「ブラック!?」
 ブラックは木の上からフィックスに言った。
「助けてあげようか?」
「誰が泥棒なんかに!!」
 フィックスが大きな声を出すので、熊が興奮し、ぐおーっと叫んだ。
「「うわああ!」」
 熊の雄たけびにビックリするコール達。
「良いの? 俺様ならなんとかできる手があるよ? その代わりさー、もう俺様を捕 まえようとしないって約束してくれる?」
「は!? ふざけんな!」
「じゃあ熊と戦うの?」
「くっそ!」
 フィックスとブラックが話している間に、コールは『千の力』でなんとかできないか、考えていた。
(バリアを張って逃げるにしても、三人分だし、カウント消耗が激しすぎて、一万なんてすぐ使い果たして無理だし……『千の力』で周りの木を破壊して熊にぶつける方法もあるけど、よけられたり、二人を巻き込む可能性もあるし……バリアで守りながら……いや……そもそも木を熊にって、ちゃんと成功するかわからないし……ここはやっぱりオレが……覚悟を決めるしか……)
「フィックスさん! オレが熊に『千の力』を使ってみるので!」
 そう言ったコールの手は、ガクガクと激しく震えていた。
「手めっちゃ震えてるぞコール! 肉塊はやめとけ!」
(トラウマになる!!)
 顔をしかめて、フィックスはブラックに言う。
「くそ、仕方ねえ! ブラック! 約束するから頼む!」
「フィックスさん!」
 親指を立て、ブラックは答えた。
「了解☆」
 懐から丸い球のような物を取り出し、火打石で火をつけ、ブラックはそれを地面に投げた。
「そーれ」
 どうやら煙幕だったようで、煙が辺りに充満し始めた。
「よし! 今のうちに逃げるよー☆」
 ブラックのおかげで、なんとかコール達は、熊から逃げ切る事に成功した。

 しばらく森を走ったが、熊が追ってくる様子はないので、四人は立ち止まって休憩をした。
 息を切らしながら、フィックスがつぶやく。
「ハァ…ハァ……助かった…」
 陽気な笑顔で、横に居たブラックがそれに答える。
「良かったねー☆」
「……けど……」
 不安そうな顔で、フィックスはブラックを見た。
「何? 助けたあとに文句言うのー?」
(ホントにこれでなかった事にして良いのか? こいつはこれからも……)
 無言で自分を見つめるフィックスに、ブラックはむっとした。
「もー! わかったよ! じゃあ俺様は今日から、泥棒やめるよ」
「は!?」
「別に金に困ってたわけでも、泥棒に誇りを持ってるわけでもないからねー」
 手を頭の後ろで組み、ブラックは真顔で言った。
「嘘つけ! じゃあなんで今まで泥棒やってたんだよ!」
 その言葉に、ブラックは視線をそらし、小さな声で答えた。
「……まあ、流れでね」
「流れって……」
 フィックスに近づき、ブラックは続ける。
「棒兄ちゃん達は俺様を捕まえない、俺様はこれからは泥棒しない、でどう? 納得 できないんでしょ?」
「でもさっき助けられた分は??」
「それは貸しで☆」
 ニッコリと、笑顔でブラックは答えた。
「……わかったよ。じゃあそれでホントに泥棒はやめんだな!?」
「うん☆ 棒兄ちゃん達と会った時に、いちいち戦闘になるのもめんどいしー☆」
「今後、絶対泥棒すんなよ! 約束だぞ!!」
 フィックスの言葉に、敬礼をするように手を額にかざし、ブラックは言った。
「了解☆」
 無邪気なブラックを見ながら、フィックスは思う。
(ホントにこれで良いのか、わかんねえけど……)
 不安そうなフィックスの顔を見ながら、ブラックはさらに続けた。
「じゃあしばらく一緒に居させてね! 適当に時期が来たら抜けるから!」
「は?」
「何ー? 泥棒やめるんだから、しばらくは面倒みてよねー! 金に困ってないって言っても、やっぱ生活費とかさー。それにさっきの貸しも、どっかで返してもらわないとね☆」
「くそっ! わかったよ! 気が済んだら抜けろよ!」
 ヤケクソになったフィックスは、あっさりブラックの条件を受け入れた。
「良いな? コール! クリアー!!」
「「はい……」」
((ブラックが仲間に??))
「じゃあ、しばらくよろしくねー☆」
 ブラックは、笑顔でみんなに挨拶をした。
「あああ、なんでこんな事に……」
 フィックスは地面に手をつき、肩を落とした。
(……俺様なんで泥棒やめるとか言っちゃったんだろう。ホントはずっと……やめたかったのかな……)
 そう思いながら、ブラックはフィックスの顔を見る。
(なんか棒兄ちゃん見てると、あいつを思い出すんだよな…………まっ! 棒兄ちゃん面白いからいっか☆)
 満面の笑みを浮かべ、ブラックは嬉しそうに言った。
「これから楽しくなりそー☆」
「俺は楽しくないっ!!」
(旅費が!!)
「にゃはは☆」
 ブラックはフィックスを見つめながら、高らかに笑った。

 その頃、クリアーのあとを追っていたロスト達は……。
「くそっ……完全にクレアを見失った……」
 そう言うロストに、息を切らしているスロウが答える。
「森での……追跡って……難しい……ですね……」
 今度は、まだまだ元気そうなリーフが言う。
「道が険しいものねー★ まあ行く街はわかってるんですから、ゆっくり行きましょう、ロスト様★」
「ああ……」
「離れている間にも、着々とコールとの仲が進展してるかもしれませんけどね★」
「くっ……」
「リーフ……ロスト様……いじめないで……」
「はーい★」
 少し頬を膨らませ、リーフは思った。
(私だってロスト様好きなのに……まさかクレア様が生きてて、追いかけるなんて思わなかったんだもん……ちょっとくらい、いじわる言っても良いじゃない……)
「てか……足が……疲れた……膝が……痛い……」
「ホント、スロウ虚弱体質ねー★」
「早く……宿で……休み……たい……」
 この森を出るには、険しい道を、あと二時間は歩かねばならない事を、スロウは知らなかった。

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