千の希望 第五話 「コールの過去」

千の希望 ラノベ

 宿は取れたものの、突然の雨に濡れた為、コールは服を着替えていた。
「わりー、結局濡らしちまったな」
「いえ、オレがぼーっとしてたからです」
「ぼーっと?」
 フィックスが不思議に思ったその時、部屋のドアを叩く音がした。
「フィックスー」
「おう、なんだ?」
 ドアを開けると、クリアーが三人分のお茶を用意して立っていた。
「温かい飲み物持ってきたから、みんなで飲もう」
「お! 気が利くな! って……お前!」
 クリアーの胸元には、服の上からとはいえ、確かな膨らみが見えた。
「ああ、サラシ濡れちゃって……もう一枚あるけど……今日はもう室内だし良いかなって……」
「そ……そうだな……」
(てかこいつ……胸普通にあんじゃん!! 真っ平かと思ってた! 普段どんだけサラシで潰してんだよ……元は俺のせいだけど……)
 サラシをしていないクリアーに若干の戸惑いを感じながらも、とりあえず部屋に通し、三人でお茶を飲み始めた。
 クリアーはフィックスの右横に座っていたが、椅子をガタガタと動かし、腕が当たるスレスレの近距離に移動した。
(俺に寄り過ぎだろ! なんでこんな近ぇんだよ! 飲みずらいわ! ったく、こいつ不安な時はカレンか俺の近くに来るからな……普段は逃げるくせに……)
 そんなフィックスの心境も知らず、クリアーは不安そうな顔をしていた。
(しかし、さっきの話……切り出して良いのかダメなのかわかんねえ)

『オレはコール、……あなたが破壊した瓦礫に巻き込まれて……亡くなった男の息子だ!』

 先ほどの事を思い出しながら、クリアーも考えていた。
(コール何があったんだろう)
 クリアーとフィックスは黙り込んで、しんとしてしまった。
 それを見て、慌ててコールが話し出す。
「す……すみません。さっきあんな事言ったから気になりますよね」
「え? ああ、いや!」
 焦ったフィックスは、自分のカップを無意味に触っていた。
「フィックスさんのカップってかわいいですね」
「え?」
「クリアーのと同じ猫の絵が」
 クリアーとフィックスの旅用に持参したカップには、同じ猫の絵が描いてあった。
「ああ、これクリアーがラクガキしたんだよ」
「クリアーが?」
 フィックスは猫の絵が描かれた時の事を話し始めた。

 カレンとフィックスが、隣の部屋で話をしていたその時、フィックスのカップに、筆で勝手にクリアーは絵を描いていた。
 それを見つけたフィックスは叫ぶ。
『あ! お前何やってんだよ!!』
『わ!』
 見つかってビックリし、クリアーはその場から慌てて逃げていった。
『あら、やられたわね』
 カレンの言葉に、フィックスは重い声で返す。
『なんだよ……てかこれ落ちないやつじゃん……もー』

 フィックスは当時の事を思い出しながら、クリアーが描いた、カップの猫の絵を指で触った。
「それからそのまま使ってて……」
 それを聞いて、恥ずかしそうにクリアーが話す。
「あれは……その……あの時フィックスとあんまりちゃんと話せなくて……お揃いの 物でも持ってたら……仲良くなれるかなって思って……」
「え? ……お揃い……に……したかったの?」
 目を大きくして驚いているフィックスに、クリアーは照れながら答えた。
「うん……」
 そんなクリアーを見たコールは、思わず笑い声を上げた。
「あはは! クリアーかわいいね!」
「え!」
「こどもだな……」
「もう!」
 からかいながらも、真相を知ったフィックスは、とても嬉しそうだ。
(フィックスさんも、カップ何個か家にあると思うけど、お揃いになっちゃうのに、クリアーがラクガキしたのをわざわざ旅に持ってくるって……実は結構嬉しかったのかもしれないな)
「カレンさんに、他の人のと間違えそうな物には印付けときなさい、って言われて、自分の物で描けるのには、全部猫の絵か刺繍してるよ」
 クリアーのその話を聞いたコールとフィックスは思った。
((幼児扱い…………))
 場が少し和んだのをきっかけに、フィックスが切り出した。
「……コール」
「はい」
「……ロストとは知り合いなのか?」
 それを聞いたコールは、少し下を向いて沈黙した。
「言いたくなきゃ言わなくて良いから! 色々あると思うしな!」
「言いたくないわけじゃないんですが、まだ、気持ちの整理がきちんとついてなくて。なんて言っていいか……五年も前の話なのに……」
「何年前の話でも、引きずる時は引きずるだろ」
「フィックスさん……」
 フィックスの気遣いの言葉に、コールは話すことを決意した。
「……オレは小さな村、『リョクの村』というところで生まれて、両親と過ごしていました。オレは両親が大好きで、村の人もみんな仲良くて、毎日幸せでした」
 語り出したコールの話を、フィックスとクリアーは静かに聞いた。
「でも、五年前のある日、近くの街が何者かに破壊されるという事がありました」
「え?」
「街の名前は『はじめの街』」
 その街の名を聞いたクリアーの頭に、何かの記憶がよぎった。
 それは、あの金髪の男、ロストがクリアーに、クレアと言いながら微笑む光景だった。
 様子がおかしいクリアーに気づき、フィックスは声をかける。
「? どうしたクリアー?」
「はっ! え??」
「なんかぼーっと? してたぞ?」
「あ、いや、なんでもないよ!」
 二人の会話にきょとんとするコール。
「?」
「あ、わりー! 続けて!」
「はい……その街の人達の話では、『千の力』の持ち主が混乱して、街の一部が破壊されたという事でした」
「『千の力』の持ち主に暴れられたら、止めようがねえな……」
「混乱って、何があったんだろう」
「詳細はわからないけど、その時の『千の力』の持ち主が、ロストらしいんです」
「「え!?」」
 フィックスとクリアーは同時に叫んだ。
「オレの住んでいた村から近い街だったから、この村も襲われたら怖いなって両親と話してたんです。それから三日後にロストが現れて……ボロボロの格好だったので旅人だと思ったんですけど、大丈夫かなと思って声をかけようとしたんです」
「ロスト……」
「目が合った時に、はじめて絶望した人間の目を見ました。そこに居るのに居ないような……そのあとすぐ『千の力』を使われ、ロストはオレの近くの建物を破壊し、オレに向かって壁が崩れてきて……父さんがオレを庇おうとして、二人とも瓦礫の下敷きになって…………父さんは、恨んではダメだ、想いは受け継がれてしまうから、と言い残して……亡くなりました」
 コールは眉間にシワを寄せ、俯きながら話した。
「……」
 フィックスとクリアーは、そんなコールを無言で見つめていた。
「自分に力があれば、父さんを守れたのに……父さんを守りたいと強く思ったその時、強い光に包まれて、オレは傷が全快し、『千の力』を手に入れました。でも……父さんは……そのまま……」
「……」
「その後、母さんもすぐに病で亡くなってしまって……」
「……」
 かける言葉が見つからず、フィックスとクリアーは無言でいるしかなかった。
「両親は人の役に立つ人間になりなさいとずっと教えてくれてて、自給自足の方法や仕事の手伝いなども小さい頃から教えてくれていたので、その後、生活に困る事はありませんでしたが、『千の力』を手にした事で、この力を人を守り助ける事に使うと決めて、それからずっと色々な場所を旅していました」
 コールの話を聞いてフィックスは思う。
(俺はずっと村で両親に甘やかされて育って、そういう辛い経験って一切ないからな……何も言えねえ……)
「あと、この前髪……」
「?」
「父さんが亡くなってから、何故かこの真ん中のとこだけ伸びるのが早くなって、目にかかって邪魔になるんです。伸びたらここだけ早めに切って整えれば良いけど、あの時の事を忘れるなって言われてるようで、頻繁には切れなくて……」
 不安そうなコールの表情を見て、フィックスは小さな声で、名を呼んだ。
「コール……」
「この前髪の伸びる速度が元に戻った時には、オレのあの時の執着もなくなってるんじゃないかなと思います」
 そんなコールの話に、クリアーはうろたえた。
(ボクはなんて言えば良いんだろう……コールを苦しめてるロストと知り合いかもしれない、でも記憶がないからわからないし……)
 フィックスとクリアーが、揃って俯いて沈黙している姿に、コールは焦って声をかける。
「すみません! 暗い空気にしてしまって!」
「い、いや! 俺何も言えねえけど、キツイ時は言えよ? 肩くらい揉んでやるし」
 焦って妙な言葉を返すフィックスに、クリアーが言う。
「肩って……」
「だって他に何が俺にできるんだよ」
 二人のやり取りに、コールは少しホッとした。
「あはは! ありがとうございます。でも気にしないでください、これはオレの問題ですし」
「まあ、あんまり気にされても一緒に居ずらいか、じゃあこの話はおしまいな!」
「はい」
 話が終わった頃には、三人共、お茶を飲み終わっていた。
「あ、ボク、カップ洗ってくるよ」
「ありがとう」
「俺もちょっとトイレ」
 フィックスとクリアーは部屋を出て、宿の中の、自由に使える台所に向かった。

 カップを洗いながら、側に居るフィックスにクリアーは言う。
「フィックス、トイレは??」
 トイレには行かず、なぜかクリアーの横にフィックスは居た。
「いや、お前大丈夫か?」
「え?」
「さっきから不安な顔してっから……」
「あ……心配してくれたの?」
 クリアーはカップを洗う手を止め、すぐ横に居るフィックスを見つめた。至近距離で目が合っているこの状況に動揺を隠せないフィックスは、声を大きくして言った。
「なっ! カレンにお前の事頼まれてるからな! なんかあると、あとで俺がめちゃくちゃ怒られるだろ!」
「はは! そうだね!」
 クリアーは笑い終わると、再びカップを洗い始めたが、しゅんとした表情をして、話をした。
「……ボク……コールが辛いのに何も言えなくて……口下手で嫌になる……」
 それを聞いたフィックスは、即座に答える。
「俺も何も言えなかったじゃん」
「そうだけど」
「人が亡くなったとかの話で、他人がどうこう言えねえだろ。お前もあんま気にすんな」
「…………フィックスなら、大事な人が苦しんでる時ってどうする?」
「大事な人……」
 フィックスは、カップを洗っているクリアーをじっと見つめた。
「……そうだな。俺なら近くに居て、辛そうな時には励ますかな」
「フィックスは護衛、守る人だもんね」
「お前のお守りは五年以上やってるからな」
 それを聞いて、むっとした表情で、クリアーがフィックスを見る。
「お守りって! 赤ちゃんじゃないってば!」
「はは! お前は笑っとけ。暗い顔されるより、笑顔でいるのが、コールにとっても良いんじゃねえの?」
 そう言って、クリアーの頭を、優しくなでた。
「自分のせいで周りが暗い顔すんの、あいつ絶対苦手だろ?」
「……うん。……ありがとうフィックス」
 フィックスの言葉に安心し、クリアーはホッとした顔で、洗い終わったカップの水滴を布巾で拭き始めた。
 フィックスは壁にもたれ、一連の事柄について考えてみた。
(しかし、クリアーが村に来たのも、ロストが混乱して街を破壊したのも五年前。
五年前にロストとクリアーになんかあったのか?? クリアーがクレアって奴みたいだけど、わかんねえな)
「んー」
 悩むような声を出しながら、さらに考え続ける。
「どうしたのフィックス?」
「お前も……なんかあったらすぐ俺に言えよ」
「カレンさんに怒られるから?」
「!」
 眉間にシワを寄せ、顔を赤くしながらフィックスは言った。
「……別に……それがなくても……」
 言葉の途中で顔を背け、残りの言葉を続けた。
「…………聞いてやるよ」
 背を向けているフィックスの耳は真っ赤になっており、それを見たクリアーは大きな声で言った。
「フィックスって素直じゃないよね!」
「うるせえな!」
 フィックスは振り返り、照れ隠しで、クリアーの髪をぐしゃぐしゃにした。
「わあ! もう!」
そう言ったクリアーには、笑顔が戻っていた。
(俺が継承するのは無理でも、できるだけの事はしてやりてえな……)

 夜になり、就寝の準備をコールがしていた時、少し開けていたドアの隙間から、クリアーが声をかけてきた。
「コール、ちょっと良い?」
「どうしたの?」
「あれ? フィックスは?」
「お酒飲みに行ってるよ」
「そっか」
(ちょっと一人にしてあげてるのかな)
「……眠れそう?」
 コールは目をそらし、話を続けた。
「……実は過去の事を思い出して、不安で眠れない時があるんだ」
(コール……)
「あの日の夢を見て、うなされて起きて……真っ暗な部屋を見てると、不安に押しつぶされそうになる」
「……」
「あの時なんとかして助けられなかったのか、オレは本当に何もできなかったのかって、後悔してばかりで……あの人を……ロストを……ダメだとわかっていても恨んでしまう自分が嫌で……」
 コールの声は、話せば話すほど、不安が増しているようだった。
「コール」
「こんな、オレだけ生きていて良いのかって……」
 その時、クリアーはコールにゆっくり近づき、優しく抱きしめた。

「クリアー……?」
 体を少しだけ離し、顔を見つめ、クリアーは言う。
「ボクが一緒に居るよ!」
「え??」
「えっと、だから、コールが辛い時には一緒にいるから、ボクにお話ししてよ! 眠れない時は、ううん……眠れる時でも、ずっと何時間でもお話……聞くから」
 優しい表情と声で、気持ちを伝えてくれたクリアーによって、コールの心は温かくなっていた。
「クリアー……ありがとう……」
 コールが抱きしめ返そうとしたその時、外で何かがぶつかるような音がした。
「何だ!?」
 窓の外を見ると、外に積んであった箱が倒れていた。
「あ、宿の人に言ってくるね!」
「うん」
 クリアーが部屋を出て行ったその時、視線を感じたので、コールが外を見ると、遠くでロストが立っているのが見えた。
「あなたは!」
 急いで窓から外に出たが、そこには誰も居なかった。
「……居ない? 気のせい……か?」
 コールが宿に戻ると、木に隠れていたロストはつぶやいた。
「クレア……」
 こぶしを握り、その表情は、怒りに満ちていた。

 怒りは収まる事無く、コールとは別の宿に、ロストは帰ってきた。
「あ! ロスト様おかえりなさい!」
 リーフが笑顔で手を振っている。
「ああ……」
「クレア様と話せましたー?」
「……」
 暗い表情のロストに、スロウが話しかける。
「どう……したんですか?」
「……」
「クレア様と……話せなかったんですか?」
 スロウの言葉に、さっきの出来事を思い出し、ロストは怒りをあらわにした。
「…………あいつは……邪魔だ」
「え?」
「黒髪の……」
「ああ……『千の力』の持ち主の……コール……でしたっけ?」
「……コール……」
 リーフはロストに近づき、怒っている顔をじっと見た。
「コールって、クレア様の恋人なんじゃないですか??」
「!?」
 ロストはショックで、しばし固まった。
「ちょっとリーフ……よくわかんないのに……」
「えー、でも、クレア様って可愛い人が好きなんですよね?」
「ああ……だが……」
「コールって可愛い子だったから、ロスト様の事は忘れてるし、今あっちと付き合ってるのかも??」
「!?」
 再びショックで固まるロスト。
「リーフ!!」
 スロウがリーフの言動を止めるように叫ぶ。
「だってー」
 ロストは不安そうな顔で、また、名をつぶやいた。
「……クレア……」

☆おまけ☆ 4コマ漫画&イラスト

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