ヴェリアス王から逃げ切り、『学の街』から少し離れたところにあった小さな宿で、ゆっくり休んだコール達は、次の街へと向かって歩いていた。
「それでボクがねー、カレンさんとー」
コールに村での話をしているクリアーを見ていたフィックスは、不思議に思い、会話に入ってきた。
「てかお前、結構しゃべるんだな……」
「え?」
「村に居た時は全然しゃべんなかったじゃん」
「カレンさんと二人きりの時はこのくらいしゃべってたよ。それにフィックスがすぐ怒って怖かったから……」
「お前が変な事ばっかするからだろ!」
クリアーの過去の行動を思い出し、フィックスは怒鳴った。
「ほら! また怒る!」
「ぐ……」
「……ボクはフィックスと、ずっと……ちゃんと話せたら良いなって思ってたよ」
「え??」
クリアーのそんな気持ちをはじめて知り、少し胸が高鳴るフィックス。
「だから、今話せるようになって、ボクは嬉しいけど……」
もっと話したかったというクリアーの気持ちと、じっと見つめられる事で、フィックスは強く動揺した。
「なっ!」
耳まで真っ赤になったのを気にされたくなくて、意地悪な口調で続ける。
「てか! いつまでボクっつってんだよ。もう男のフリする必要もねえんだし、あたしって言えば?」
にやにやして言うフィックスに、クリアーは苛立った。
「またフィックスがボクを好きになったら困るから、言わない!」
ぷいっとそっぽ向き、不機嫌そうにするクリアー。
「あ!? もうならねえよ! 自惚れんな! すげえ美人ってだけで!」
「フィックスこそ! 話し上手だからって自惚れないでよね!」
ギャーギャーと言い合いをする二人を、コールは眺めながら思う。
(仲良いなあ、お互いを褒めながらケンカしてる)
「もーフィックスうるさい!」
我慢できなくなったクリアーは、速足でフィックスの先をすたすたと歩き、距離を取った。フィックスはそんなクリアーの後ろ姿を見続けている。
「フィックスさんってクリアーの事好きなんですか?」
思いもよらぬコールの発言に、動揺するフィックス。
「は!? ちげえよ! 最近まで男だと思ってたんだぞ!」
「でも最初、好きだったんですよね?」
フィックスはクリアーとはじめて会った時に、あまりにもタイプだった為、付き合ってくれと告白したが断られている。
「ぐ……最初はな! 女だと思ったし、いや、女だったんだけど……でも今は好きじゃないからな!!」
(また好きになってたまるかよ! しかもコールに気があるっぽいのによ!)
声を荒げ、全力で否定するが、それが逆に嘘くさく見えた。
(好きに見えるけど、違うのかな?)
コールは疑問に思いながらも、一応納得した。
「お前はどうなんだよ」
「え?」
「クリアーに恋愛感情とかねえの?」
少し黙ったあと、コールは話し始めた。
「クリアーは真っ直ぐで純粋で良い人だと思います。でも、オレはもうすぐ寿命がくるかもしれない人間だから、そういうのは今は考えられないですね……」
困ったような顔で話すコールに、フィックスは忘れていた事を思い出す。
(そうだったな、『千の力』を全て使い終わればコールは……いつも明るく振る舞っててそういうの匂わせねえから忘れてたけど、今そんな事考えられるわけねえか……いや、だからこそ心配かけないように、明るく振る舞ってるのかもな)
頭をかきながら、フィックスは続ける。
「わりー、今する話じゃなかったな」
「いえ、オレが選んだ道ですから!」
「お前歳は?」
「二十歳です」
(力を手に入れたのはもっと前だろうから、若いのに大変な人生歩んでんな)
「フィックスさんは?」
「俺は二十七だ」
いつの間にか距離が近づいていたクリアーが、二人の話に入ってくる。
「年齢の話? ボクは記憶ないから正確にはわかんないけど、カレンさんに二十四くらいだと思うって言われた!」
それを聞いて、クリアーを年下だと思っていたコールは、少し驚いた。
(年上だったんだ……)
「カレンは見て年齢当てるの百発百中だから、そんぐらいかもな。前に知らない奴の年齢当ててくのやったら、全部当たってて、お前占い師にでもなれば? って言ったら、興味ないって言われたな」
「はは!」
コールは声に出して笑い、楽しそうにした。
「ボクのクリアーって名前も、カレンさんがつけてくれたんだよ! 名前も覚えてなかったから」
「へえ、そうだったんだ」
(本名かと思ってた……まだまだ知らない事だらけだなぁ)
「あ! そういえばコール、防具屋に腕輪売ってなかったよ」
「そっか、でも荷物は城で全部取られちゃったから、残ってた腕輪もなくなっちゃったし……だからもう良いよ、ありがとう」
「うん」
「お金は取られなかったから、次の街で全部買い直さなきゃ」
見かねたフィックスが声をかける。
「それまでは俺も貸せるもんは貸してやるよ」
「ありがとうございます!」
そんなやり取りをしながら道を歩いていると、見覚えのある人物と鉢合わせした。
「あれ?」
先に声を出したその人物は、全身真っ黒の服が特徴的な、美形の泥棒、ブラックだった。
「お前! ブラック!! ここで会ったが百年目!」
急な遭遇に驚きを隠せず、ブラックは叫んだ。
「うお!」
背負っていた荷物を投げ捨て、武器を構えるフィックス。
「覚悟しろ強盗め!」
「俺様は強盗じゃない! 泥棒だ!」
何か拘りがあるのか、やたらそれを主張するブラック。
「何が違うんだよ!」
「俺様は人は傷つけないし殺さない! なぜなら金が欲しいだけだからな!」
どや顔でブラックは言った。
「威張って言う事かよ。つか物盗られた時点で心は傷つくだろうが」
「物理の話だよー。棒兄ちゃんの居た村で、狙っていた家の住民は留守のはずだったけど、急に帰ってきて遭遇しただけだよ。岩も何軒かある、どっかの空き家に落とす予定だったしー」
「棒兄ちゃん言うな! 家も壊すな!」
「にゃはは☆ たまには派手な事したいなー☆ って時あるじゃん?」
「俺もたまに派手な事したくなる時あるからわかるけど、破壊はするな!」
そんな会話をしている隙に、クリアーがブラックに攻撃を仕掛ける。
「おわー!」
ブラックは、またクリアーの素早い攻撃を避けた。
「は!? クリアーの攻撃を避けた!?」
ビックリするフィックスにクリアーは言う。
「前も避けられたよ」
「嘘だろ、クリアーのあの速さを避けられるなんて」
すかさずブラックがどや顔で話す。
「俺様逃げるのは超得意! にゃはは☆」
どうやらブラックは、能力を素早さに全振りしているようだった。
「えええ、こいつどうやって捕まえるよ」
みんなが悩む中、クリアーの足元の地面にヒビが入る。
「ん?」
地面が脆かったようで、急に大きな音を立てて足元が崩れてしまった。
「わ!!」
「クリアー!!」
崩れた地面が崖となり、そこから落ちそうになるクリアーを、横に居たフィックスが掴む。
「フィックス!」
「くそっ!」
しかし足場が悪く、二人はそのまま崖を滑り落ちていった。
「クリアー! フィックスさん!!」
コールが名を叫び、動揺していた時、ブラックも二人を少々心配していた。
「あらら、大丈夫かな?」
落ちて見えなくなった二人のあとを、コールは追った。
崖の下には、なんとか着地した二人が居た。
「っ……」
「フィックス! 足!」
「いや、お前も足痛めたろ。かばいきれなくてすまねえ……」
「ボクをかばって……ごめ……」
目に涙を溜め、フィックスを心配するクリアー。
「何泣きそうな顔してんだよ、大けがってわけでもねえしよ。足場が悪かっただけでお前何も悪くねえじゃん。気にすんな」
優しい声でフィックスは話し、クリアーの頭を撫でる。
「フィックス……」
「足元壊れるって、王様の呪いか? しかし、登れるか? これ??」
見上げると、周りは急な坂のようになっており、痛めた足で昇るのは難しそうだった。
「フィックスさん!」
「コール」
二人を追ってきたコールが到着する。
「大丈夫ですか?」
「二人とも足をやった……立てるけど、一回どっか近くの街で処置しねえと……荷物と武器も一緒に落ちてきたから、取りに戻る手間は省けたな」
フィックスは、側に落ちている自分の武器である、棒をじっと見た。
「…てか…これ、杖代わりに使うか…クリアーもロッド、杖にすれば?」
「もおー…」
立ち上がろうとしたその時、上から岩が崩れ落ちてこようとしているのが見えた。
「岩が!」
「また岩かよ! 岩に恨まれる覚えはねえぞ!」
動揺する二人の横で、コールは『千の力』を発動し、バリアを出した。
白い光のような丸いバリアが三人を包み、岩はバリアのおかげで、はじけて砕け、三人は潰される事なく無事だった。
「バリア?? 昨日言ってたやつか……」
「はい……ただ、カウントが一回に三減ってしまうし、出してから五秒しかもたないので、あまり使わないんですが……」
コールの『千の力』のカウントは、残り五十二からバリアを三人分使用で、残り四十三となった。
しかしその後も、次から次へと岩が連鎖的に落ちてくるので、コールはバリアを使い続ける事となった。
「コール、そんなバンバン使って大丈夫なのかよ!」
(ここまで三回バリアを使って残り十六か……)
残りカウント数を気にするコールを見て、フィックスは思う。
(くそ、オレがちゃんと守れなかったから)
コールのカウントが尽きてしまう事を心配したクリアーが叫ぶ。
「コールやめて! 力を使い果たしちゃう!」
またバリアを使い、カウント数は残り七となった。
「嫌だ! コールお願い! 力を使わないで! もっと……もっと一緒に居たいよ!!」
クリアーはさらに強く叫んだ。
「…………ごめんクリアー。オレも、もっと一緒に居たいよ。でもこの力は、護るために使うと決めている。……オレは……あの人のようにはならない!」
「あの人?」
クリアーが聞き返すが、コールが答える余裕もなく、最後の岩が落ちてこようとしていた。
(あれで最後みたいだけど、オレの前にひとつ、クリアー達のほうにひとつ。……もう三人分のバリアを出すのには足りないから……)
コールはクリアーとフィックスにバリアを使い、カウントの残りが一になった。
「「コール!!」」
クリアーとフィックスの上に岩が落ちるが、バリアのおかげで、岩はバリアに当たり砕け散った。
「良かった、守り切れて。……最後に会えたのが二人で良かったよ。ありがとう」
二人に笑顔を見せるコール。
「コール……」
何もできないフィックスは、眉間にシワを寄せ、コールをただじっと見つめるしかなかった。
クリアーは涙を流しながら、つぶやく。
「やだ……まだ離れたくない、ボクにも『千の力』があれば……」
そして、コール目掛けて岩が落ちてきた。
(この人を……護りたい!!)
胸元の赤い宝石を握りながら、クリアーはコールに対して、強く強く、護りたいと思った。
(父さん、母さん。オレを生んでくれて、育ててくれてありがとう。おかげで最後まで自分の意志を貫けたよ……)
コールが最後の力を使って岩をバラバラに破壊したその時、強い光が辺りを包んだ。
「な! なんだ!?」
コールとクリアーが発光し、コールは手に一万の数字、クリアーの手には千の数字が浮かび上がった。
「これは……」
辺りは発光に包まれ、音の無い空間のようになり、そのどこかから、新たに声が聞こえ始めた。
《『千の力』を受け継ぐ者……》
「誰?」
《私は『千の力』を与えた者です》
「「!!」」
三人は声の正体に息を呑んだ。『千の力』を与えた者は、そのまま話を続けた。
《その力を正しく使えるあなた達に、頼みがあります》
「頼み?」
《『千の力』は千回使用時に同等の意志を持つ者が傍らに居れば、その力を継承できます。継承者は千回、元の持ち主は師という形になり、さらに一万回力を使う事ができるようになります》
「「一万回!?」」
三人は目を見開いて、さらに驚いた。
「『千の力』を使い果たすまでに、色々な場所に行って、すごく頑張って五年以上かかったのに…………」
コールのその言葉を聞いたクリアーとフィックスは思う。
(コールすごく頑張ってたんだ……)
(ですよね……)
《師となった者は継承者を守る為に存在するので、一万回使用後も寿命が来る事はありません》
「師になった奴はボーナスステージみたいなもんか……」
《この世界に、正しい『千の力』の持ち主を増やし、平和な世界に導いていただきたい》
「正しい?」
コールは不思議に思い、聞き返した。
《『千の力』を汚れた心で使い続け、汚れた者に継承する事もできますが、それが続けば悪が強い世となり、混沌とした世界へと変わります》
「……」
《コール、あなたは正しい心でクリアーに『千の力』を継承させました。あなたの清らかな心で、この世を平和に導くという役割を授けたいのです》
「オレに? そんな大役……」
《一万の力になった者は、もう一人居ます》
「!」
《しかし、その者は汚れた心で汚れた『千の力』を広めようとしています》
コールは過去を思い出しながら考える。
(……まさか……あの人が?)
《コール、あなたにしかできない、救いの役割です》
「オレにしか……できない……」
コールはしばらく沈黙して考え、そして相手に答えた。
「わかりました。オレで良ければその役目、お受けいたします」
「「コール!」」
《厳しい役割を授ける事になりますが、引き受けてくれた事に感謝します》
「いえ……」
《この先でわからない事は、これに聞いてください》
コールの頭上が強く光り、そこから卵が降ってきた。
「!」
卵を受け止めると、割れて、可愛らしいひよこが現れた。
「かわいい!!」
《不死鳥のこどもです》
「不死鳥……」
不死鳥のこどもはコールを見つめ、くちばしを動かす。
「よろしくね!」
「「しゃべった!!」」
三人は驚きながら、不死鳥のこどもを見つめる。
《これは私からの礼です》
そう言うと、フィックスの足が光り、瞬時にケガが完治した。
「おお! 治った!!」
「ボクはさっきの継承の時に、治ってるみたい……」
フィックスとクリアーは、ケガの完治を喜び、微笑みながら目を合わせた。
《さあ、最後の時まで、よろしく頼みますよ》
「最後の時……」
コールがそう言った次の瞬間、眩い光が辺りを包んだ。
「わ!」
数秒後、光が弱くなり消えていくと、元の場所に三人は立っていた。
「夢??」
クリアーが言うとフィックスが答えた。
「いや、ケガ治ってるし」
コールは『千の力』を発動した。
「……夢じゃないよ」
手のひらには、一万の数字がしっかりと浮かび上がっていた。
「ぼくもいるよー」
「不死鳥!」
不死鳥は微笑んだような表情をし、コールの肩に止まる。
「…………クリアー」
コールは静かにクリアーの名を呼び、見つめた。
「?」
「……キミがオレと運命を共にする理由はないから、もし嫌ならここで……」
すかさずクリアーは答える。
「嫌じゃないよ!!」
「え?」
「ボクも世界を平和にしたい!」
「クリアー……」
コールに近づき、クリアーは続ける。
「表面的にはそんなに荒れた世界じゃないけど、見えない所では争いや憎しみが起こってる。ボクはそんな世界を、みんなが笑いあって過ごせる、平和な世界にしたい」
「……」
「同じ意志だから継承できたんだよね! ボクもコールと行くよ!」
「クリアー……」
蚊帳の外だったフィックスが、クリアーを見ながら話し出す。
「あーもう。俺はそんな意志ねえけどさー。お前になんかあったら、カレンに何されるかわかんねえから、俺も付き合うぜ」
「フィックス……」
そしてフィックスは、コールを見つめ、微笑んだ。
「フィックスさん……」
「これはボクらの意志だから、コールは何も気にしないで!」
並んで微笑みながら、自分を見つめる二人に、コールは胸が熱くなるのを感じた。
「二人とも……ありがとう!」
こうしてコール達の新たな長い旅が、始まろうとしていた——
そして、次にコール達が行く街に、もうひとつのパーティが、先に到着していた。
「あーロスト様! 街が見えてきましたよ!」
仲間の女性が元気に話す。
「……やっと……着いた……膝の……関節が痛い……」
「もースロウったら、またおじいちゃんみたいな事言ってる!」
「リーフ……元気すぎ……」
スロウは膝をさすりながら、元気そうなリーフを見つめた。
「まあでも、沢山歩いたから私も足が疲れたわー。あ! 赤い宝石があるー! 綺麗ねー」
街の入り口近くの壁に埋め込まれている宝石を、リーダーのロストも見た。
「赤い宝石……」
(あのネックレスを思い出すな……)
何かを思い出しながら、ロストは寂しげに一言つぶやいた。
「クレア……」
☆おまけ☆ 4コマ漫画&イラスト